ダーファインは中天に輝く月を眺め眉をしかめた。

　もうすでに高い位置にある月に、集合時間を大幅に遅れてしまった事に気付く。

　彼はここ、プリズム・オリジン魔法学園に入って早5年の年月が過ぎていた。

　他の生徒達と比べ、ダーファインは基礎の途中から入学してきた変わり者だ。彼自身、絶対に魔法使いに成りたいと思っての入学ではなかった。ただ生まれ育った国から、決められた将来から出たいと。それだけを求めていたにすぎなかった。





　ダーファインの生まれた家は国の中でもそこそこ名のある家で、家訓として国に尽くす事が挙げられていた。その為、将来の進路も携わるだろう仕事も全ての道が決まっている。

　政治の中枢、司法の要、意外だといわれる所で要人の警護に付いた者があった位だ。

　そんな生活にダーファインは違和感を持っていた。純粋に国の為を考えているなら、それはまあ、個人の自由だと言えなくも無い。だが、それ以外の…いわゆる血筋だけでエリートぶり、他人を上から見下す者が多かった。

　しかし、ダーファインはそれら全てに真っ向から反発するほどの情熱をもって為し得たい事が有る訳でもなく、レールの上が耐えがたい苦痛に感じている訳でもなかった。

　それなりに器用なダーファインは、そんな自分の感情を外に出す事なく、表面を取り繕い周りに合わす事を仕方のない事だと思っていた。

　ただ、変われるなら…ぬるま湯のような世界から出ていけるなら、飛び出してみたかった。

　ここから出て行きたい思いに、確たる理由は無い。

　強いて言うなら、何かに呼ばれている。と、感じていた事だろうか。

　家でも、学校でも。その思いは抜けない刺のようにダーファインの中に刺さっていた。

　思いは時折、強くもなり弱くもなり…しかし、行動に移す程ではなかった。



　ちょうどその頃、町を訪れた魔法使いがダーファインに言った。

「魔法の勉強をしてみないか？」

　唐突に告げられた言葉に、初めは一体何を。と、訝しんだが、それ以上にダーファインは自分の目に前に道が見えた気がした。

　自分はこれを待っていたのか？

　そう考えたダーファインは、確実に魔法学園へ行けるように行動を開始した。情報を集め、両親を説得する為の材料を揃える。普段から比べて積極的に何かをする息子の姿に、事情を知らぬ両親は顔を見合わせていた。

　しかしそれだけの事をしていても、ダーファインは無条件で両親からの許しを得る事は出来なかった。

　魔法学園に入学するのは構わない。が、基礎課程はこちらで卒業すること。

　それが必須条件だと言われたのだ。

　それ以後、ダーファインは今までの態度が嘘のように勉強に打ち込んだ。その結果、5年かかる基礎課程を3年で卒業するほどに…

　両親の出した条件をクリアすると同時に、ダーファインは魔法学園への編入許可を手に入れたのだ。







　ダーファインは基礎課程を卒業して魔法学園に入学したが、生活と共に魔法を学んでいくこの学園の方針に基づき、編入年度は同じ年齢の者が多くいる4年となった。

　これに対してダーファインは特に不満を持つ事は無かった。一度修めた基礎課程をもう一度習う事になっても、それ以上に得るものがこの学園にはあったのだ。



　こうして順調に卵を授かる事となり肌身離さずにいるのだが、不思議なほど静かな卵に不安を覚える。

　卵と言えど、預かる者には何らかの反応を感じ取る事があると聞くのに。

　今年は駄目かな…

　いささか後ろ向きに考えながら、ダーファインは月光の降り注ぐ通路を広間に急ぐ。が、ふと何かに気付きその足が止まる。

　懐からそっと卵を取り出して、その滑らかな殻を優しく撫でる。

　ツルリとした殻の感触はいつも通り。気のせいだろうかと何度もその表面を撫でている時、ふとそれに気が付いた。

　ひび割れ？

　目立ちはしないが、確実に手触りが違うその部分を指で何度も確認する。

　まさか、どこかにぶつけた？

　ダーファインはその場所をよく見ようと、卵を月の光に照らした。



　パリン！



　音と共に体が冷気に包まれた気がした。

　細かく砕かれた卵の殻が、ダーファインの掌に積まれている。粉々になったそれらを払うこともせず、ダーファインは自分の手を支えに立つ小さな人を見つめた。

「はじめまして」

　凛とした声にダーファインは我に返った。

「はじめまして、生まれたんだな…」

　ブルーシルバーの髪にアイスブルーの瞳。肌の色もフェロウの中でも白い方だろうか。

　ダーファインは自分の手の中にいるフェロウが、まるで氷の化身のように思えた。

「名前を頂きたいのですが」

　フェロウはダーファインに一礼してからそう告げた。

　何も考えていなかった訳ではないが、咄嗟には何も出てこなかったダーファインの脳裏に、ある１つの響きが浮かび上がった。

「…アルフロシッダ」

　ぽつりと呟いた言葉にフェロウの表情が緩む。

「アルフロシッダ、よい響きですね。あなたの名をお聞きしてもよろしいですか？」

「ダーファイン・アル・カイルだ。そうだな…カイルと呼んでくれるか？」

　ダーファインが呼び名を指定する意味を計りかねて、アルフロシッダは小さく首をかしげた。

「本来はもっと長い名前なのだが、便宜上この名で通している。カイルは通常使う名ではないが、極親しい者が呼ぶ名だ。…今は誰もこの名を呼ぶ者がいない」

　そう言ってダーファインはアルフロシッダに笑いかけるが、その笑顔は何処となく寂しげでもあった。

　が、アルフロシッダにとって呼び名に確たるこだわりは無い。呼んでほしい名があるなら、それを使うのに否やは無かった。

「私はあなたをカイルと呼びます。」

　堅苦しく答えたアルフロシッダに、ダーファインは口元に笑みを浮かべた。

「よろしくな、シーダ」

「シーダ？」

「そう、俺はそう呼ぶ」

「分かりました」

　ダーファインはアルフロシッダを自分の肩に座らせ、広間に向かう。

　卵は孵ったのでもう祈りの必要はないが、広間に詰めている先生へ孵った事を報告しなくてはいけないのだ。でないと、次年度からの授業を変えてもらえないから。

　ゆっくり歩くダーファインを、アルフロシッダはじっと見つめる。

(この方が私の主…)

　共に歩む、その言葉を実感するのはこれからだ。











「ヤバイ！」

「遅れる！」

　幾人かの生徒達がダーファインの横を走り抜けていく。

　それに視線を向けると、それぞれの肩や胸のポケットで、フェロウ達が目を回しながら必死に掴まっているのが見える。

　ダーファインは鋭く舌打ちをした。

「ストップ！

　周りの状況をよく考えろ！」

　ダーファインの声で、ピタリと生徒達の足が止まる。

「お前ら、初めの注意事項は聞いていなかったのか。

　自分のパートナーをよく見てみろ！」

　言われて初めて彼らはパートナーの現状に気が付いたらしい。

　肩にしがみついている者、ポケットの中にいる者、それぞれ色々な形でパートナーと共にいるフェロウだが、今の彼らは皆一様に目を回してふらついていた。

　フェロウを孵す事の出来た生徒達が、初めに注意される事柄がある。それは、フェロウ達は徐々にパートナーとの生活に慣れていくが、初めは急激な動作に目を回す事が有るという事。その為、行動に注意が必要なのだ。

「授業に遅れても取り返しがつくが、パートナーは1人なんだぞ。」

　呆れたようにそう言って、ダーファインは生徒達に背を向けた。

　背後で聞こえ始めたとぼとぼとした足音に、苦笑する。皆、一度は経験するのだ。自分のフェロウとの付き合い方は、それこそ経験しないと成り立たない。お互いに気を遣いすぎても駄目だし、気を使わなければフェロウは経験を積むどころかずっと目を回してしまう。失敗しながら、分かち合いながら成長するのがパートナーなのだ。

　ここで怒られた彼らも他の生徒達も皆、無邪気で無鉄砲な生徒達だ。が、基本的に皆素直だ。きっと彼らも暫く落ち込んで、喉元過ぎればまた復活するのだろう。

「パートナーは1人…ですか」

「ん？何だ？シーダ」

　ダーファインの肩にバランスよく座っているのは、彼のパートナーのアルフロシッダだ。

「いえ、当時あなたは色々としていましたが、私は目を回した事が無かったなと思いまして…」

　不思議そうに首を傾げるアルフロシッダにダーファインは笑う。

「そりゃそうだろ。あの当時、俺は急いでなかったからな」

「具体的にお願いします」

　何年たっても変わらない物言いに、ダーファインは苦笑する。

　当時、急いで何かをしなくてはならないといった、あの年代によくある意味不明な焦りとは無縁だった代わりに、ダーファインはアルフロシッダとの付き合い方で悩んでいたりした。

　良く言えば丁寧。悪く言うなら取っ付き難い。そして、たまに慇懃無礼。

　こういう人種を知らなかった訳ではないが、それがパートナーとなればまた違ってくる。何度言おうとアルフロシッダの口調はそのままだし、あくまでダーファインの従者として振る舞う。後に、数は多くは無いがこういうタイプのフェロウもいると知ってから、ダーファインは楽になった。

　つまり、性格なのでは仕方が無い。と。

　黙って物思いにふけってしまったダーファインの肩を、アルフロシッダがトントンと叩く。

「寝ておられるんですか？」

　アルフロシッダがこういう行動をする時、周りからは機嫌が悪いと受け取られがちだが、ダーファインの意見は違う。こういうアルフロシッダは『拗ねている』のだ。

「悪い。…急いでいなかった理由だったな。

　俺はここ、ＰＯに出来るだけ長くいたかったんだ。だから、時間はゆっくり使うし、無駄にもしない。」

　これでいいか？

　そう言って視線を肩に向けると、アルフロシッダは軽く頷いた。

「さあ、受け持ち授業までの空き時間、デイナントの所へでも行くか。」

「はい。」





ダーファイン先生の生みの親である さとる さんより、先生のプレストーリーをいただきました！
アルフロシッダさんとの出会いと学園新学期の風景、とても素敵です♪
みなさんも、くれぐれもいきなり走って自分の〈フェロウ〉を放り出したりしないように気を付けて下さいね。
でないとコワ〜い教官の雷が落ちますよ〜(笑)。

（'10 10/17　UP）






インデックスへ 　　展示室へ 　　プリズム・オリジン　トップへ