リトルアドベンチャー〜〜　プロローグ　〜〜



　トナの村には、しばらく雨が続いていた。叩きつけるような雨に、外へ出ることも出来ない日が何日も続き、畑の被害について大人たちが深刻に話し合っていた。だがこの日は朝からすがすがしい晴天だった。青い空を流れる雲が、ゆったりと形を変えながら彼方の山へと消えていく。雨を呼ぶ黒い雲ではない。綿のように白くふわふわとした雲だ。
　この数日間あたためていた計画を実行するのに、これほどふさわしい日はないだろう。気のせいか、森の緑も誘うようにざわめいているようだ。朝ご飯の片付けを終えると、浮き立つ心のままに家を飛び出した。

　トナは、大陸を貫く商業街道から三日ほど森へ入ったところにある、人口百人足らずの小さな村だ。特殊な薬草を栽培していることから、行商人が買い付けに来ることも多い。周囲は森に囲まれ、村の東を川が流れている。その澄んだ流れは文字通り、村人たちの命の水であった。ただ喉を潤すだけでなく、村の薬草園に植えられた薬草は、この川の水でしか育たないのだ。
「今日の気温は・・・と」
　長い金髪を三つ編みにした少女が、薬草園の入り口で手にした箱の中を覗き込んでいた。宝石のような緑の瞳でしばし眺めた後、満足げに微笑んだ。
「よかった、雨の影響はあまりないようですよ。もう覆いを外しても大丈夫です」
　そばにいた男はそれを聞くと、畑を覆う布の支柱となっている棒を抜いた。すると布は、棒の中へするすると収まってしまう。
「ありがとよ、ヘレン。おめえさんのおかげで、最近はずいぶんと楽になったよ」
「そんな・・・わたしはほんの少しだけ、これらの道具の使い方を知っているだけです」
　ヘレンと呼ばれた少女は、くすぐったそうに首をすくめた。
「それでもすごいもんさ。・・・いや、魔法の力ってのは偉大だね」
　男はしげしげと手にした棒を眺めた。もはやそれは一本の棒切れにしか見えない。
「はい。わたしもいつか、皆さんのお役に立つようなものを作ってみたいです」
　ヘレンは両手を組み、うっとりと宙を見上げた。男は少し困ったように笑った。
　才色兼備の彼女の唯一つの欠点。それは魔法の道具に目がないということだった。
「あ、ヘレン！」
「あら、ダグさん。どうしたのですか？」
　走りこんできた少年の姿に、ヘレンは首をかしげた。ダグと呼ばれたその少年は、がっしりと逞しい体つきで、短く刈り込んだ黒髪がふちどる顔も精悍そのものと言った風貌だった。息を乱した様子もなく、ヘレンの前で立ち止まる。
「リューンを見なかったか？」
「いいえ、わたしは今日はお会いしてませんけど・・・いつもどおり、雌鶏亭ではありません？」
「そこはもう行った。けどいなかったんだ。う〜ん、どこ行ったんだ、あいつ」
　ダグは腕を組んで唸った。
「なにかあったのですか？」
「いや、何ってほどじゃないんだけどな、あいつももう十五だろ？　自警団に入れる年なのにぶらぶらしてるからさ、少し喝入れてやろうかと」
「・・・ふふ、相変わらず面倒見がいいですね」
「お節介って言われるけどな」
　ダグは苦笑した。トナの村の自警団は、仕事といえば道の整備や共同施設の修繕など、およそ平和なものばかりだ。戦いは、村に迷い込んできた猪や狼相手が年に数回あるか無いかで、それもほぼ罠によって捕獲されている。そんなのんびりした隊の中にあって、ダグは自主鍛錬を怠ることなく続けている数少ない隊員の一人であった。
「仕方ない、見回りを兼ねて村の中を一通り探してみるか」
　無造作に頭を掻いてヘレンに別れを告げ、ダグは村の中へと足を向けた。だがその歩みはいくらも行かないうちに止まった。
「シャナじゃないか、久しぶりだな！」
　屈託なく話しかけるダグに、シャナと呼ばれた少女はただ黙って頷いた。両足と両腕に毛皮を紐で乱雑に巻いている。着ているものも革で出来た胴衣で、短く切った黒い髪とあいまって、少年めいた雰囲気を醸し出していた。しかしふっくらとした唇と濡れたように光る瞳は、少女のたおやかさを隠しようもなく示している。
　シャナが肩にかけた袋からは、鹿のものらしい角が覗いていた。それに気付いたダグは目を丸くした。
「また仕留めたのか、すごいな。この角の大きさなら、かなりの大物だったろう？」
「別に。運が良かっただけだ」
　ダグの賞賛の声にも、シャナは無表情に短く答えるのみ。ダグのほうもシャナのそんな反応には慣れっこで、小さく肩をすくめただけだった。
「シャナは森から来たんだろう？　リューンと会わなかったか？」
「いいや」
「そっか・・・。じゃあ俺はもう行くよ。引き止めて悪かったな。」
　ダグはそう言ってシャナの肩を軽く叩いた。
「また今度、ゆっくり話そうな！」
　明るい笑顔で手を振って歩き出すダグに頷きを返し、逆方向に歩き出そうとしたシャナは、何かに気づいたように立ち止まった。軽く足を開いて立ち、視線だけを動かすシャナの耳に、お日様もかくやと思われるほど明るい声がかけられた。
「ばれちゃった〜？　やっぱシャナはごまかせないかぁ」
　道端の茂みを揺らして現れたのは、声と同じくらい明るい赤の髪をした少年だっ た。少し伸ばしたその髪は、あちこちがくるくると巻いている。
　現れたのが知り合いだったため緊張を解いたシャナは、一つため息をついた。
「・・・リューン、ダグがお前を探していた」
「知ってるよ、だから隠れてたんじゃない」
　ダグの探していた張本人は、あっけらかんと答えた。村一番のいたずら小僧、の評判は伊達ではない。人を困らせたり驚かせたりするのが大好き、と公言して憚らないのに村人たちに嫌われていないのは、リューンのいたずらが本人と同じく明るいものだからだろう。
「でも珍しいよね〜、シャナが村に来るのって。もっとちょくちょく来ればいいのに」
「ひと月に一度は顔を見せている。充分だろう」
「そんなのホントに顔見せるだけじゃんか。来てもさっさと帰っちゃうし。たまには遊んでいけば？」
「あいにく、私にはそんな気はない」
　後ろで手を組み片足で立って顔を覗き込んでくるリューンに、シャナは冷たい視線を投げて歩き出した。肩の袋に詰められた角や毛皮を村の雑貨屋に売り、日用品を買って森の奥にある家に戻る。それがシャナが物心ついたときから続けている日常だった。数年前に父親をなくして独りとなったシャナを村人たちは心配して、村に移るように勧めたが、シャナは断固として森を出ようとはしなかった。
「ちぇー、遊んでくれたっていいのに。つまんないの」
　振り返ることなく歩き去るシャナの背中に、リューンは舌を出した。
「ダグは最近、オレの顔見ると自警団に入れってそればっかりだし。オレがあんなでかい剣なんか使えるわけないって、どうして気付かないんだろ」
　リューンは見るからに細い腕をしている。確かに支給される長剣を持って戦うには向かないだろう。しかし俊敏さなら村の誰にも負けないと自負していた。軽業めいたことを旅芸人から教わったこともある。筋がいいと褒められて、本気で一座に入ることを考えていた時期もあった。旅から旅への生活は、村での平凡な日常とはまったく違った華やかなものに思えたのだ。退屈をなにより嫌うリューンには、この上ない誘惑であった。
　そんな夢は、一座に加えてくれというリューンの頼みを一笑に付した座長によって、あえなく潰えたのだが。
「まぁいいや。久しぶりの天気で気持ちいいし、のんびり散歩でもしよっと」
　うぅん、と一つ伸びをして、リューンはぶらぶらと歩き出した。

　事の起こりは、森で小さな遺跡を見つけたことだった。崖で足を滑らせて落ちたときにたまたま削れた地面から、人工の石組みが覗いていたのだ。
　歩きながら聞こえてきた大人たちの会話によれば、今朝早くに村に到着した薬草を扱う行商人は、とても強そうな冒険者を伴っているらしい。普段ならば真っ先に飛んで行って冒険談をせがむところだが、今日ばかりはそれどころではない。自分で、自分の手で冒険をすることが出来るチャンスなのだから！
　遺跡のことはまだ誰にも言っていない。言うつもりもなかった。しかし村の通りを歩いているうちに、少し不安になる。果たして自分一人で大丈夫だろうか。
　その時ふと、一人の友の顔が浮かんだ。誰かと秘密を共有するのも悪くない。きっとワクワクする冒険になることだろう。
　楽しい予感に、笑みがこぼれた。

(to be continued･･･)



次回選択肢　Ａ．ヘレンを誘う
Ｂ．ダグを誘う
Ｃ．シャナを誘う
Ｄ．リューンを誘う


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