「リリ姉、何してんの？」 あたしの手元をのぞき込んで、ロードが首を傾げた。 「ケーキ作るって言ってなかったっけ」 「うん、そうだよー」 答えるあたしの手は、休まず生地をこねている。確かに、ケーキを作っているようには見えないかも。 「これは、パイ生地。ケーキと組み合わせてみようと思って」 「パイ生地を？」 「そう、パイ生地を」 うなずくあたしに、ロードは傾けた首をさらにひねる。 「クッキーなら飾りにしたりできるだろうけど、パイ生地？」 当然の疑問に、あたしは小さく笑って説明した。 「スポンジを何枚かにスライスしてね、薄く焼いたパイ生地とジャムを交互に挟むの。さくさくした食感が美味しいかなって」 「ああ、なるほど」 ロードは納得したようにうなずいてくれた。フェロウは物を食べないのに、こういう話も理解できるのって、実は凄いことなんじゃないかなって、最近よく思う。 こねたパイ生地を伸ばそうと麺棒を手に取ると、動きの邪魔になると思ったのか、ロードはあたしの肩から降りて向かいにあったスパイス棚の上に腰掛けた。 「で、これは誰にあげる用？」 「別にそういうつもりはないけど・・・どうして？」 パイ生地を素早く伸ばしながら、あたしはロードにちらりと目を向けた。 「最近、何かあったっけ？」 「別にないけどさ。お詫びの品とか送ったほうがいいんじゃないかと思って。いろいろ大騒ぎしちゃったしさ」 「あー・・・」 あたしは心当たりのある事に思わず苦笑した。 男爵家から降って湧いた結婚話。終わった今なら笑ってすませられるけど、あの時は本当にどうしていいかわからなくて、目の前が真っ暗だったっけ。 そんな時、学園でクラスメイトだったみんなや先生、他にもたくさんの人が力を貸してくれて。あたしも男爵家もティベリオ様も、みんなが幸せになる結果にたどり着くことができたんだ。 「そうだよね。お礼の手紙は送ったけど、改めて何か贈りたいね」 何がいいだろう。あたしはみんなの顔を思い浮かべながら、パイ生地を畳んだ。 発端は、カルデローネ男爵家のメイドさんが、史上最年少の正魔法使いの噂を聞いたことだったらしい。噂というのはとかく尾ひれが付くもので、あたし自身からすると「それ誰のことですか？」と言いたくなるほど誇張された噂話だ。 魔法使いというのは国の要職にあることが多くて、しかも若くて将来性がある・・・と思われる人材に、権勢に陰りの見えた男爵家の御当主はひらめいてしまったのだそうだ。 若い女なのだから、息子と結婚させればその魔法使いの威光は男爵家のものになる！って。 貴族の人たちの考え方って、本当にわからないよね。 それで、最初は召使いの人が手紙を持ってきたの。回りくどくてわかりにくい文章だったけど、要するに「男爵家の嫁として迎えてやるから、ありがたく思うように」みたいな内容だった。 あたしはぽかんとして、なんの反応もできなかった。その場は父さんが、こんな大事な話で小間使いを寄越すなんていくら貴族でも失礼だって言って、追い返してくれた。だけど、男爵家の人たちはあきらめなかった。既成事実にしてしまおうっていうつもりなのか、あたしの仕事先にまでやってきて。先輩や上司の人たちも、男爵の位に遠慮して、あまり強いことは言えなかったから、あたしは事が落ち着くまで自宅待機を命じられてしまった。 このままちゃんと仕事もできず、男爵家のアクセサリーみたいな人生を送るのかなと思ったら、すごく落ち込んだ。せっかく学園で、魔法使いとしての自覚が少しだけど芽生えた気がしてたのに。 何をする気力もなくて、毎日、ぼんやり過ごしてた。そんな日々が、ずっと続くんだと思ってた。 でも、そうしてあたしが何もせずにいた間に、がんばってくれた人たちがいた。そのおかげで、今のあたしがいる。 どれだけ感謝してもし足りない、その人たちは ―――
(to be continued・・・)
いまさら感あふれる、「プリズム・オリジン」終了企画の文章化ですみません・・・。 どんな形でも外に出してしまわないと、私はいつまでたっても動かないと思い知ったので、 ものすごく中途半端ですが公開してしまいます。 まだ最後まで書いていないため、手落ちが山盛り出てくると思いますが、そのあたりは広い 心で見逃していただけると助かります。 一人称も久々過ぎて、大丈夫かとても心配(^^; 続きは三人称になります。少し趣向を凝らすつもりが、結局はいつものリアクションと同じ 形式になりそうです。 不定期更新になりますが、お付き合いいただけたら嬉しいです。 プリズム・オリジン トップへ インデックスへ |