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星のとびら 終了企画プロローグ その広い敷地に建てられていたのは、煉瓦造りの、重厚な中に優しさを秘めた大きな建物だった。三階建てで、中央の時計台から両翼へと延びる線対称の形をしていた。等間隔に並んだ窓に白いカーテンがひるがえり、部屋の中では少年少女が真剣な面持ちで机に向かう。 ここは、フォルトゥーナ学園。自由と希望の学び舎である。 学園祭を間近に控えた校内は、気ぜわしさと期待感が入り混じった独特の空気に包まれていた。学生だけではなく、職員たちもどこか浮き足立ち、準備が進む校内を駆けまわっている。 おかげで、職員室はとても静かだ。 のどかな午後の日差しがふりそそぐ窓ぎわで、家庭科教師のエイドリアンは椅子の背にもたれてうつらうつらとしていた。太陽の光は穏やかな秋の気配で、そのくすんだ金の髪を縁取っている。 遠くで響いた爆発音も聞こえなかったことにして午睡を楽しむエイドリアンの平穏を、ガラリと開いた扉の音が引き裂いた。 「なにをサボってるんですか、エイドリアン先生！」 「んあー？」 気だるげに片目だけを開けたエイドリアンの視界に、仁王立ちで腰に手を当てた女生徒の姿が映る。 「今日から焼き上げとラッピングをするって言っておいたじゃないですか！ 顧問なんだからちゃんと来て下さい！」 「んなの、てきとーにやっとけばいーだろーが」 ぐるりと椅子を回してドアに背を向けるエイドリアンを、女生徒はつかつかと中へ入ってきて無理やり椅子から引き剥がした。 「なに言ってるんですか、卵を使わないヘルシーケーキ、先生が指導してくれなきゃ困ります。それが今回のウチの部の目玉商品なんですから」 ぐいぐいと腕を引っ張る女生徒に、エイドリアンは大きくあくびをした。 「・・・面倒くせーなー」 だから料理部の顧問なんか引き受けたかなかったんだよ。 心の中でぼやく、このフォルトゥーナ学園の名物教師は、何事も大雑把でずぼらな性格に似合わず、料理の腕だけは一流だった。 本人の菜食主義のおかげで、作るものはすべて精進料理だったが。 グラウンドでは、ジャージ姿の背の低い男子生徒が、同じ部の部員らしき生徒に囲まれて声を張り上げていた。 「ぜってーやらねー！ 誰がなんと言おうと、それだけは御免だからなっ」 顔を真っ赤にして怒鳴っているのは一年生の陸上部員であるイーサーだった。 「けどさー、優勝すれば賞金が出るんだぜ？ やってみる価値はあるだろ」 「じゃあお前がやれ」 すげなく言い捨てる顔には、嫌悪と怒りがありありと浮かんでいる。 「だいたい、イベントは他にもあるじゃんか。スタンプラリーとか大食い競争とか、売り上げランキングとかもあるんだろ？ 陸上部も模擬店出すんなら、そっちに参加すりゃあ・・・」 「でも確実なのは絶対これだって！」 仲間を説得しようとするイーサーの言葉は、途中でさえぎられた。 「な、お前だってスターターの新しいの欲しいって言ってたじゃないか。クギが緩んでガタついてるんだろ？ 賞金があれば部室のシャワーだって直せるし、冷蔵庫とかも買えちゃうぜ？」 「車が買えようが家が買えようが、ぼくはやらないっ、他を当たれ！」 「なぁに、イーサーったら、今度は何をごねてるの？」 叫ぶイーサーを取り囲む輪の外から覗き込むようにしてくすくすと笑ったのは、そっくりの顔をした少女だった。 「なんだよ、カーヤは関係ないだろ。部が違うんだから」 「聞いてよカーヤちゃん。イーサーのヤツ、部で決まったことに反対するんだよ」 むっとした顔で双子の姉を追い払おうとしたイーサーを、すぐそばの部員が押しのけてしゃべりだす。 「全員一致で決まって、これからみんなで頑張ろうって言ってるのに、一人で足並み乱すのってどう思う？」 「それはイーサーが悪いわ。学校は共同生活のマナーを学ぶ場所でもあるのよ」 「ちょっ・・・」 「だろだろ？ 特にウチみたいに個人種目ばっかの部は、連帯感っての？ そういうのがイマイチ薄いからさ、一致団結してって機会もあんまないし。だから学園祭は格好のイベントなんだよ」 「ぼくの話も・・・」 「わかるわ。あたしのところもそうだもの。団体戦はあるけど、基本的には個人競技だし」 押さえつけられてもがくイーサーをよそに真面目に頷くカーヤは、濃紺の袴もりりしい弓道着姿だ。 「ダメよ、イーサー。わがままばかり言って仲間を困らせるのは」 しかつめらしい顔で正論を説いたカーヤは、そこで不意ににっこりとした。 「だからあたしが代わりに出場届け、出してきてあげたわ。大丈夫よ、ちゃんと男子のジャージ着ていったから」 「んな・・・っ」 どこか面白がるような光を明るい青の瞳に宿し、カーヤが手のひらほどのワッペンを差し出してくる。 初めから、何もかもわかっていて自分を嵌めたのか、この姉は！ イーサーは愕然として、猛然と暴れだした。 「だったらカーヤが本番も代わりに出ればいいじゃないか！」 「あらダメよ、だってあたしも出るんだから」 すました顔でカーヤはイーサーの逃げ道を封じてしまう。 「当日はライバルね。負けないわよ」 もう一枚のワッペンを手に、カーヤが笑う。 「冗談じゃない、ぼくは出ないぞ、ぜったいぜったい、出ないからなー！！！」 部員たちに羽交い絞めにされたイーサーの絶叫がグラウンドにこだまする。その胸元に強引に付けられたワッペンには、『第８７回ミス・フォルトゥーナ・コンテスト』と書かれていた。 科学部の部室から、もうもうと煙が吹き出していた。 「消火器、どこだー？！」 「早く、バケツ、バケツ！」 白衣を着た科学部員たちが右往左往する間を、一人の男子生徒が落ち着いた足取りで歩いていた。周囲を見ては、手にしたクリップボードの紙に書き込んでいく。 ――― 科学部 安全管理マイナス３。事故対処マイナス３。 「出展許可取り消しの検討を要すると思われる・・・」 「ちょっと待て、ハリール！」 呟いて書き込む男子生徒の腕を、科学部の部長がつかんだ。つかまれた上腕部には、燦然と輝く『風紀委員』の腕章がある。 「今回の実験は、出展内容とは関係ないものなんだ、大目に見てくれよ」 「出展内容との関連性があろうとなかろうと、部そのものの危機管理体制が問われるのは当然だろう。釈明は私にではなく、学園祭実行委員会で行なうんだな」 三年生の風紀委員であるハリールは、まったく感情を交えずに告げた。その間もよどみなくチェックシートへの記入は続く。 「あーもー、こんな間際で出展取り消しだなんて、勘弁してくれよ」 「なんだ、さっきの爆音はお前らか。頑張ってんなー」 科学部部長が天を仰ぐそばを、女生徒に連行される途中のエイドリアンが通りかかって冷やかしの声をかける。ハリールは固い顔のまま、エイドリアンのほうへ向き直った。 「先生、無責任なことを言わないでいただきたい。一人の学生の素行は、ひいては学園全体の評価へとつながります」 「相変わらずおかたいなー、お前は。若いうちからンなことばっか気にしてっとハゲんぞ」 「お気遣い感謝します」 エイドリアンの軽口に、ハリールは生真面目に頭を下げた。 「ですが、これが仕事ですので」 「お前が自分で納得してんなら別にいいけどな。ま、頑張れや」 生きることに不器用そうな教え子に苦笑を残し、エイドリアンは再び女生徒に引っ張られて歩き出した。 「科学部も、張り切るのはいいが、あんまり俺の昼寝の邪魔しないでくれな」 「なに言ってるんですか、先生。あの大爆発をものともしないで寝てたクセに」 遠ざかる漫才のようなやりとりを見送って、ハリールは科学部の部室へ目を向けた。室内のスプリンクラーが作動し、火災は鎮火しつつあった。 「事態の収束後の対応、マイナス５」 燃え尽きた実験の成果を前に呆然と立ち尽くす科学部員たちを一瞥し、ハリールは淡々と最後の項目を記入した。 『この学園は、ワタシがいただいた！』 突然、学園中のスピーカーが大音量で吠えた。 『こ〜んな楽しそうなこと、ワタシ抜きでやろうだなんて許せませ〜ん！ 罰として校内すべてのシステムをワタシの制御下に置きました。反対する人は強制排除しちゃいますよ〜』 物騒な内容とは裏腹に、どこかとぼけた声音だった。 準備に忙殺されていた生徒たちもほとんどが手を止め、スピーカーの吐き出す言葉を聞いている。 慌てたのは、心当たりのある一部の学生たちだ。 「やめろ、バル！ なに考えてんだよ！ お前の出番はまだだって！」 学園のシステムを制御しているサーバへ接続したモバイルのマイクに、生徒はあせったように唾を飛ばしながら叫んだ。 『当日だけだなんて、そんなのつまらないですよ〜。ワタシだって一緒に準備とかしたいです〜』 モバイルの画面に出てきた、擬人化されたパソコンの絵が、くるくると回る。学園の電脳部が開発した人工知性バアルジェナム、通称バルだ。 「わかってるって。だから、もう少し待てって、な？」 話す間に一人が放送室へと走り、スピーカーシステムをオフにした。すると学園内にこだましていた放送が、ようやく途切れる。 息をついた生徒たちの気の緩みをつくかのように、電脳部の部室の扉が乱暴に開かれた。 「やはり君たちでしたか」 扉を開けて立っていたのは、まだ若い、青年と呼べる年頃の教師だった。 「まったく君たちは、何を考えているのですか。こんなことでは、学園祭は中止すべきですかね」 教頭であるサクルは、神経質そうな顔に苛立ちを浮かべて言った。 「ですがこうして問題が発覚したことで、対策を練ることが出来ます。当日は問題は起こしません」 「口だけは一人前とは、困ったものだ。何かがあったとき、責任を取れるというのですか？」 「それは・・・」 生徒が困り果ててうつむいたとき、サクルの背後から優しげな女性の声がした。 「そんなに責めるものではないわ、教頭先生。誰にでも失敗はあるものでしょう？」 「学園長・・・！」 サクルは驚き、慌てて振り向いた。そこに立っていたのは、長い黒髪を背に流した、たおやかな女性だった。 「こんなところへおいでになるとは、どうされました」 「楽しげな放送が聞こえたものだから。・・・あれは、貴方たちの作った子がやったのね？」 フォルトゥーナ学園の若き学園長であるラナは、処分を恐れて身体を固くする電脳部員たちに微笑みかけた。 「ずいぶんと個性的のようだけど、学園祭では、あの子もお仕事をするのかしら？」 「は・・・はいっ。電脳部のブースでは、会場のイベント案内やチケット手配を、ＡＩであるバルが行ないます。上演時間の変更などの個別連絡サービスも手がける予定です」 「あら、それは素敵ね。教頭先生も、そう思わない？」 部員の説明に、ラナはサクルを見て小さく首をかしげた。 「・・・本当にそれだけであれば」 サクルは咳払いを一つして、しぶしぶといった様子で頷いた。それを見たラナは胸の前で手を合わせ、うっとりと呟いた。 「本当に楽しみだわ」 自由と希望の学び舎、フォルトゥーナ学園。 学園祭の開始は、目前である。 (to be continued・・・)
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