星のとびら 第３話
「Ｌｉｖｅｓ ｏｎ ｔｈｅ ｌｉｎｅ 〜 襲撃 〜」
一
〈フォルトゥーナ〉がシータ星系へ入るゲートを抜けると、基地から迎えの船が待っていた。戦闘機を従えた、８隻の巡洋艦だった。
単なる調査隊を迎えるにしてはずいぶん破格の待遇だが、通信でブリッジに現れた年若い士官はくだけた様子で苦笑した。
『なにしろここいらは物騒でして。ある程度のまとまった戦力で動かないと、あっという間に沈められてしまいますから』
「話には聞いていたが、本当にそんなにひどいのか」
難しい顔でフォルトゥーナの通信士が呟く。
『それでも、このところは少し落ち着いていますよ。我々はここに来て一日たちますが、まだ襲撃はないですしね』
にこやかに答えた士官に、ブリッジ中の人間が絶句する。
「・・・大変だな」
『そちらほどではないと思いますよ。我々は、この宙域だけが活動範囲ですから』
会話の間に、通信文が送られてくる。基地の座標と航路指示だ。
『さて、ではそろそろ参りましょうか。ガリアラス基地までは、ゲートを二つ通ります。ゲートサーチャーはオンのままにしておいてください』
士官は明るい声で告げる。
「あー、頼む」
やる気なさげにあくびをしていたエイドリアン・クレメンツが、副官に頭を叩かれ、眠たげな目のまま手を上げた。
ガリアラスは、支部の名前であり基地の名前でもある。まだシータ星系には軍の拠点は他にないため、基地がそのまま支部の機能を果たしていた。
『ようこそ、ガリアラスへ！ 今は基地をあげての競技大会の真っ最中だ。あんたらもよかったら参加してみてくれな！』
地上へと降下した〈フォルトゥーナ〉は、基地の隊員たちから熱烈な歓迎を受けた。基地中が陽気なムードで満ちている。
「まるでお祭り気分だな」
タラップから地上を見渡したレイン・カスールは、風で舞い上がった赤茶の髪をおさえた。
「まさしく、お祭りなんだろう。娯楽は少ないだろうからな」
後に続いたセンリ・チサトが、大きく伸びをして言った。
「バトルウイングの模擬戦なんかもあるらしいぞ。腕試しってのはどうだ？」
「いいですねぇ。わたくしの華麗なテクニックを披露してさしあげるとしましょう」
横でピシッとポーズを決めたのは、ニージャ・ドラクロア。独特のスタイルを貫く彼のセンスは、私服のコーディネイトにもいかんなく発揮されている。
「任務と言えば偵察ばかりで、すこしばかり息が詰まってたところだ。思いっきり暴れてすっきりするのも悪くないだろ」
「・・・俺はいい」
肩を叩いてくるチサトに、レインは首を振った。
「付き合い悪いですねぇ。楽しめるときに楽しまないと、損しますよ？」
「別に楽しまないとは言ってない。そういうのは、あんたたちに任せるってだけだ」
「なるほど、そういうことでしたら、わたくしにお任せ下さい。誰もが絶賛する模擬戦をお目にかけましょう」
胸を張るニージャの頭の中では、観衆の目を釘付けにするためのさまざまなアイデアがめまぐるしく駆け巡り始めた。
「そうと決まれば、準備をしなくては。わたくしはいったん戻ります。後ほどお会いいたしましょう！」
タラップを駆け上り、ニージャは船内へと消えていく。
基地のある惑星ログ・ヴォルクの空は、晴れやかに澄んでいた。
『ベティさんは、お出かけしないんですか〜？』
ブリッジに残っているベティ・シェフィールドに、船のメインブレインであるバアルジェナムが声をかけた。
「ええ・・・」
ベティはやや力の無い笑みを浮かべた。脳裏によみがえるのは、ついさっきのエイドリアンのセリフだ。
エイドリアンは入港前に船内放送で、全隊員に二日間の休暇と調査隊脱退の手続き書類を与えると告げた。
船を降りるなら、ここが最後のチャンスになる。この先に進めば、目的地にたどり着くまで引き返すすべはない。
『自分がこの船で役割を全うできるかどうか、よく考えろ』
放送で告げるエイドリアンの目は真っ直ぐベティを見ていた。根を詰めてバルの解析を続け、ブリッジと救護室の往復のような生活をしているベティに、その言葉は向けられていた。少なくとも、ベティにはそう感じられた。
『しかし、ここは今まで寄ってきた港の中でも一番にぎやかですね〜。ワタシもウキウキしてきます』
言葉通り楽しそうなバルの声に、ベティは我に返った。気持ちを切り替えるように大きく息をして、コンソールにプログラムを呼び出す。
「そうね。ここは今、お祭りをしているようなものだから」
『それはステキです！ ああ、ワタシも行ってみたい・・・！』
「お祭りに行ったことがあるの？」
『残念ながら、まだその機会にめぐり合えず・・・きっと楽しいのでしょうねぇ』
バルはベティの問いに、落胆した声になった。
どこまでがプログラムなのか。話しながら、解析用プログラムを走らせる。人間のような反応を示すブレインの正体を暴こうと、ベティは矢継ぎ早に質問を続けた。
以前に聞いた好きなものについてより詳しく、家族構成などにも言及する。バルはしばらく楽しげに答えていたが、やがていぶかしげに言った。
『あの・・・なんでかワタシ、疑われてたりします・・・？』
「え？」
『だって、こんなに質問攻めなんて、お互いを理解しあうためとは思えないです。なんだか尋問されてるみたいで・・・ワタシ、何かしましたか？』
悲しげなバルの声に、ベティは否定する言葉を見つけられなかった。
人格を認められたときにバルが見せた喜びを知りながら、自分の知りたいことだけを尋ね、答えを引き出そうとしていたことに、気付いてしまったから。
二
二日間の完全休養ということで、ほとんどの隊員たちが基地へ羽を伸ばしに出かけてしまい、船内はいつにもましてがらんとしていた。
ひとけのない通路を、マリーカ・フォン・リヒターはゆっくりと歩いていた。足取りは心の迷いを反映して重い。
「お、どうした、こんなところで。お祭り騒ぎに参加しないのか？」
曲がり角からひょっこり姿を現したエイドリアンが、そんなマリーカを見つけて声をかけてくる。
「はい、あの・・・少し考えたいことが・・・」
マリーカはうつむいて目を逸らした。
「まぁ、休暇をどう使おうが自由だけどよ、四六時中小難しいこと考えてっと、早死にすんぞ」
「はい、気をつけます」
マリーカが頭を下げると、エイドリアンはその頭にポンと手を載せた。
「あの扉が気になってんだろ？」
ハッとして顔を上げるが、エイドリアンの表情は普段と変わらず、どこかつかみどころが無い。
「ま、船壊さねー程度に好きにしろや」
そしてポンポン、と軽くマリーカの頭を叩いて去っていった。
「どこまで本気なんだろうね、彼は」
不意に空間が揺らいだ。
マリーカが目を向けると、そこにはケイオス・キル・フェイトが立っていた。
「あなた、その姿は・・・」
ケイオスがホログラムであることに気付き、マリーカは不思議そうな顔をした。
「これは仮の姿だけど、僕の本体でもある。僕の肉体はとうに無いからね」
「では・・・」
両手を広げてみせるケイオスに、マリーカは不意に何か思い当たった表情になった。
「あなた、連邦市民ではありませんのね？」
人間の存在をデータとして保存する〈データ化〉は、非合法とされている。だが、連邦の庇護から外れた人々の中には、まれにその処置を施したものがいる。当然、当局に知られれば捕縛の対象となる。
「なぜ危険をおかして軍の船に？」
「好奇心。それ以外に理由が必要？」
ケイオスは澄まして答えた。ワークスのアンダーシーカーであるケイオスは、任務でフォルトゥーナに乗り込んでいる。だがそれは絶対的な目的ではなく、ワークスの望む情報と、自分の知りたいことが一致しているにすぎなかった。
そして今、最も欲しいデータは、開かずの扉の向こうにあるとケイオスは睨んでいた。
「ほとんど欠損無く発掘されたサラ・ヌイの船なんて、どれだけの価値があるか計り知れない。いろいろ知りたいと思うのは、当たり前じゃない？」
エイドリアンの去っていったほうへ目を向け、ケイオスは少し顔をしかめた。
「だから、あの人の考えてることがわからない。これだけの宝のかたまりをきちんと調べようともしないし、かといって触るなと命令するわけでもない」
「それは・・・無断で調べるのは規則違反ですけれど、放置して危険があるのも困りますし・・・隊長様も難しいお立場なのだと思います」
「ふーん、やっぱり軍人なんてつまらないね。僕は自由でよかったな。自分の知りたいことを、やりたいように調べられる」
「え・・・っ」
驚くマリーカに、ケイオスは小さく口元に笑みを刻んだ。
「僕は行くよ、あの扉の向こうにね。君はどうする？」
「わたくしは・・・」
マリーカは迷うように視線をさまよわせた。無意識のうちに足は進み、いつの間にかバトルアームの格納庫まで来ていた。
「バル様は開けてはいけないとおっしゃられて」
「引き下がっちゃうんだ？」
「危険かもしれませんし」
「そんなの、この船の行き先だって同じだと思うけど」
言い訳を次々とケイオスに切捨てられ、マリーカは自分の機甲を見上げた。
ハッチが誘うように口を開けている。周囲に人影は無い。気付けばマリーカは機甲を固定してある枠に手をかけていた。
整備士用のはしごを伝い、ハッチへ辿りつく。考える前に、身体がするりとシートに滑り込んでいた。
「・・・そうだよな」
うつむいた顔が勢いよく上がると、そこには不敵な笑みが浮かんでいた。
「ダメと言われりゃ、余計に開けたくなるのが人情ってモンだ、そうだろ」
「行く気になった？」
マリーカの変貌にも、まばたきを一つしただけのケイオスが尋ねた。
「おうっ、どうしても開かないなら、ぶっ壊してやるぜ」
「強引だね。罠とかあったらどうする？」
固定索を外しながら、マリーカは笑った。
「いくらなんでも、船がヤバいようなモンは仕掛けないだろ。人間用の罠なら、アタシのシャルロットはびくともしないぜ」
マリーカの信頼に応えるかのように、解放されたバトルアームは力強く立ち上がった。
「大事なことを忘れまくってるバルのヤツが、扉に触っただけであれだけ大騒ぎしやがったんだ。扉の向こうには、よっぽど大事なモンがあるんだろ」
「たとえば分割されたブレインの一部・・・とか？」
機甲の足もとにいたホロ装置を退避させつつ、ケイオスは首をかしげて見せた。バルのプログラム領域を見てきたケイオスには、あれがブレインのすべてだとは思えなかった。船そのものがサラ・ヌイという異星の技術のかたまりなのだから、常識で考える範囲を超えたどこかにブレインの機能がひそんでいるのかもしれない。開かずの扉の向こうにそれがあっても、不思議ではなかった。
ケイオスの言葉にマリーカは頷いた。
「そういうこった。大量の電力を喰ってることから見ると、一部じゃなくて本体かもしんねぇがな」
「バルはニセモノってこと？」
「ニセモノっていうより、ダミーって気がするぜ。なにか重要なものを隠すための、表向きのブレインなんじゃねぇか、アイツ」
マリーカは、先日のバルの悲鳴を思い出した。けたたましい警報とともに響いた必死な声は、大切なものを守るための叫びのようだった。
「あの中にある何かを守るようにプログラムされてるんだろ、きっと」
「それが本物のメインブレインってわけ？ まぁ、ありえるけどね」
「じゃなけりゃ、サラ・ヌイ人がいるとかな」
半信半疑なケイオスに、冗談めかしてマリーカはにやりと笑った。
「なんにしろ、先にあのうるせぇ警報をどうにかしとかないとな。勝手にやることだし、始める前にバレたらいろいろ厄介だ」
「それは僕が何とかできると思う」
コクピットのモニターに、ケイオスが映った。
「回線にダミーデータを流せばいいだけだから。ちょっといじってくるよ」
「ああ、頼むぜ」
モニターのケイオスがふっと消え、マリーカは肩をぐるりと回すと操縦桿を握りしめた。
「さぁて、なにが出て来るか・・・楽しくなってきやがったぜ」
三
バトルウイングの整備スペースでは、休暇を返上して機体の整備を続けている熱心な整備兵の姿が見られた。数名の若い隊員を鍛えているのは、一兵卒からの叩き上げの整備長だ。整備の腕は一流で、バトルウイングを最高の状態で送り出すことを生きがいとしている。
それだけに、納得のいかないことは決して引き受けようとしない。
「なぜですか！」
天井の高いスペースに、ニージャの声が響いた。
「なぜ、だめなんです？！」
「なぜもへったくれもあるかい」
もうすぐ６０才に手の届く整備長は、頑固そうな顔に不機嫌そうな表情を浮かべて言った。
「おめえさん、戦闘機なめてんのか。電飾だぁ？ ンなもんつけた戦闘機がどこにあるってんだ。そんなもんに無駄な重量くわすくれえなら、一発でも余分に弾ァ積んどけ！」
ちゃきちゃきと怒鳴られ、ニージャは慌てて言い募った。
「で、ですが今回は模擬戦ですよ？ 多少のパフォーマンスは・・・」
にじり寄るニージャの鼻先に、レンチが突きつけられる。
「バトルウイングってのは、戦うためにあるんだよ。模擬戦がそのまま実戦にならねえ保証がどこにある？」
「それは・・・」
「そもそも、こんな僻地に電飾なんて小洒落た資材があるとでも思ってんのか？ 華やかにパレードしてぇんなら、総司令部のお飾り部隊にでも入っとけ」
整備長は言うだけ言って、別の機体のほうへ行ってしまう。ニージャは拳を握りしめた。
「く・・・電飾そのものがないとは盲点でした・・・し、仕方ありませんね。イルミネーションはあきらめるにしても、せめて機体のカラーリングは変えたいところです」
そう言って個人端末を取り出すと、整備用のコンソールへと繋ぐ。
「バル、聞こえますか？」
『はいは〜い、お呼びですか〜』
ニージャの呼びかけに、能天気なバルの声が答えた。
「このプログラムで計算したカラーで、わたくしのバトルアームを塗装したいのですが、処理をお願いできますかね？」
『お安い御用ですとも、お任せ下さい〜・・・って、アレ？ これって見たことないプログラムですね〜、オリジナルですか？』
「ええ、わたくしの自信作です」
個人端末からプログラムを送り込んだニージャが頷く。運勢学的観点から独自に研究開発した、機体をラッキーカラーで運気アップするためのカラーリングとデザインパターン決定プログラムである。
『出来ました〜。こんな感じになりますよ〜』
興味深げにプログラムを走らせていたバルが、３Ｄモデルを表示した。レモンイエローのベースに、幅の違うオレンジと青と黒でチェック模様が入っている。
「う〜ん、やはり塗装だけでは地味ですねぇ・・・イルミネーションが付けられないのが、返す返すも残念です」
モニターの中でイメージモデルを動かしながら、ニージャはため息をついた。
チサトとレインは、にぎわう基地の中を歩いていた。
ガリアラス基地は支部のある中央塔を中心に、大きく４つの区画に分かれている。北側は隊員たちの宿舎のある居住区画、東には部隊の訓練場、西側は商業区域、南は整備ドックと発着スペースである。フォルトゥーナは訓練場の更に東側にある外港へ停泊している。
エアバスに乗り中央塔へたどり着いた二人は、入り口に設けられた受付を見つけた。競技ごとにテーブルが置かれ、参加希望者がＩＤを見せている。
「本当に出ないのか？」
伸びる列から離れるように向きを変えたレインに、チサトが尋ねる。
「よそ者が出張って、せっかくの祭りに水差すのも悪いだろ」
レインは淡々と答え、そのまま人ごみの中へ姿を消した。
「出たら勝つってことか。しょってるな」
後姿を見送って、チサトは小さく笑った。
「でも、一理あるか。それに休暇は二日だ。勝つにしろ負けるにしろ、機体が傷つくのもまずいな」
列に並ぶ足を止め、チサトはあごに手をやり考え込んだ。ストレス発散のために参加するつもりが、手加減などしたら余計にストレスが溜まる。
どうしたものかと悩むチサトに、明るい声がかけられた。
「バトルウイングのパイロットの方ですね？ 戦闘以外にも、スピードレースなどもありますよ」
目を向ければ、基地の隊員なのだろう、２０才くらいの女性隊員が笑顔でチラシを差し出している。
「基地の周囲に設けられたコースを飛ぶスピードを競うんです。少し複雑なコース設定なので、操縦の腕が問われる人気競技ですよ」
「・・・なるほど」
チサトは受け取ったチラシに目を落とした。
チサトと別れたレインは、そのま基地の中をぶらぶらとすることにした。
「にいちゃん見ない顔だな。寄ってきな！ 旨いの食わせてやるよ！」
道路には食べ物の屋台なども出て、本当の祭りのようなにぎわいを見せていた。歩いていると、あちこちから声をかけられる。辺境の地、海賊の横行する危険地帯という情報からは想像もつかないほど、基地の中は陽気な空気で満ちていた。
作られてまだ数年という新しい基地のせいか、どこも整然としている。裏路地のようなところでさえ、差し込む光はさえぎられず隅々を照らしていた。放置された物資や廃棄処分を待つ機体も見当たらない。指令が末端まで行き渡る、整備された指揮系統に統制されているのだろう。
それだけに、レインがひそかに期待していたような、正規ルートを外れるような品を扱う店舗は無いようだった。
屋台を冷やかし、興味を惹かれる競技を見学しながら歩くうち、レインはいつの間にか基地の外れへとたどり着いていた。金網のフェンスの向こうには、乾いた砂の舞う平原が広がっている。
戻ろうときびすを返しかけたレインの頭上を、轟音を立ててバトルウイングが数機、飛びすぎて行った。その先頭の機体に見覚えがあるような気がして、レインは遠くなっていく機体を目で追った。
『速い、速い〜！ 外港に停泊中の〈フォルトゥーナ〉からの飛び入り参加、センリ曹長のツクヨミ、ダントツの速さで最終ストレートへ帰ってきたぞ〜！！』
遠くから、ひび割れたアナウンスがレインの耳に届く。興奮した実況の上ずった声と、それをかき消すほどの歓声がログ・ヴォルクの空に響いた。
「やるな、あいつ」
すでに小さな点になりかけたチサトの機体を追って空を見上げていたレインの目が、不意にすっと細くなった。
その視線の先、南の発着スペースのはるか彼方の空で、小さな光がまたたく。
後続を大きく引き離してゴールしたチサトも、コクピットから同じものを見ていた。
「なんだ、あれは・・・？」
断続的にまたたく光点。それは次第に数を増しているように見えた。
四
下部甲板の空白部へと続く閉じられた扉の前で、マリーカは静かに機甲の足を止めた。相変わらず周囲では発電設備が低い唸りを上げている。
「おまたせ」
モニターにケイオスが現れた。足もとでコトコトと音がして、ホロ装置を運ぶ小型ロボットが扉へと近づいていく。
「警報の目隠しは済んだよ。バルのほうはベティが気を引いててくれるって言うから、その隙に開けよう」
言うとケイオスはモニターから消え、装置からホロ映像が浮かび上がった。扉の脇のパネルへと手を伸ばす。
「・・・だめか。プロテクトがきつすぎる」
いくつかのキーを操作したケイオスは眉をひそめた。解除するには時間がかかりそうだった。
「アンタ、ネットワークへ潜れんだろ？ それつたって中へ行けねえのか？」
腕組みをして考え込むケイオスを見下ろし、マリーカは尋ねた。
「試してはみたんだけど、この中、完全なスタンドアローンなんだよ。電力線だけじゃ、さすがに僕も入れない」
「てことは、やっぱ強行突破するしかねえってワケだ！」
マリーカはボキボキと指を鳴らし、操縦桿をにぎりなおした。
「ちっと下がってろ。いっくぜー！」
扉に向かい、バトルアームのこぶしが突き込まれる。鈍い音がして扉がひしゃげた。わずかにゆがんだ隙間へ手をかけ、マリーカは扉を引きはがした。
きしむような音を立てて扉は開いた。扉の向こうは広い空間だったが、ぎっしりと棚のようなものが並んでいるように見えた。
幅２メートルほどの通路が、並んだ棚の間に張り巡らされている。天井の高さは１０メートル以上あるだろうか。棚は見上げるほどの天井まで伸びていた。
「なんだ、倉庫か？」
バトルアームにはやや小さい扉を、マリーカはかがんでくぐりぬけた。
「いや、違う・・・これは・・・」
内部システムへアクセスしようと部屋に入ったケイオスは、棚に収められたものを見て絶句した。マリーカも同時に気付く。
「コールドスリープ装置か・・・！？」
棚のように見えたのは、ずらりと並んだ装置のカプセルだった。霜の付いたカバーの奥に、うっすらと人型が透けて見える。ざっと数えても、２０００人以上の人間をコールドスリープ処置できるだろう。
「ははっ、まさか本当にいやがるとはな」
「サラ・ヌイ人かどうかは、まだわからないよ」
システムへの侵入口を探しながらのケイオスのセリフに、マリーカは首を振った。
「この船は、軍が掘り返すまで土砂の下敷きになってたんだぜ？ 年代測定なんかもやって、連邦の手は加わってないって結論が出たって話だ。となりゃあ、ここでおねんねしてんのは、この船を作った張本人、サラ・ヌイ人ってことになるだろ」
「うーん・・・」
あちこち調べていたケイオスは、閉ざされたシステムに、潜り込む口を見つけられず、思わずうなった。さらによく見れば、作動中らしきランプの点灯している装置の数は少ない。
「動いてるのはごく一部の装置だけみたいだね」
「ああ。こっから見える範囲じゃ、奥のほうのカプセルは空っぽだ」
マリーカも慎重に通路を歩いてカプセルを調べていく。人の姿のあるカプセルをいくつか覗き込み、怪訝な顔になった。
「入ってんのはガキばっかりだぜ」
「こっちもだよ。どういうことだろう」
「・・・起こしてみるか？」
「そうだね」
ややためらいがちに提案するマリーカに、ケイオスが操作パネルに近づく。
すると突然、扉の外から警報が鳴り響いた。
「切ったんじゃなかったのかよ！」
「あたりまえだろ！ あれは別の警報だよ！」
驚いて叫ぶマリーカにケイオスが言い返したとき、船内放送が聞こえてきた。
『あー、あー、聞こえるか？ 船内に残ってる全隊員に告げる。残念ながら休暇はとりやめだ』
いつもどおりのエイドリアンの声が、スピーカーから流れた。
『現時点をもって、この船は第二種戦闘配備をとる。手が足りないのはわかってるが、まぁとりあえず配置に付け』
「・・・いったいなんなんだ？」
第二種戦闘配備は、戦闘が予測される場合の警戒態勢を指す。いぶかしげなマリーカの言葉に、エイドリアンの声がかぶった。
『敵さんが来たぞ。海賊だ』
五
最初の一報は、基地から届いた通信だった。
『〈フォルトゥーナ〉、聞こえますか？ こちらガリアラス基地司令部です。軌道上の哨戒部隊が海賊の襲撃を受けました。敵艦数隻が大気圏へ突入したとのことなので、まもなく地上へ降りてくると思われます。警戒をお願いします』
基地の通信兵の声は平常を保っていて、焦りはまったく感じられなかった。訓練が行き届いているのだろう。
「隊長、基地へ出ている隊員たちを呼び戻しますか？」
「あー、どうすっかな・・・」
キャプテンシートで昼寝をしていたエイドリアンは、副官にたたき起こされて涙の浮いた目をこすった。
「俺らの出番があるとは思えねーがなぁ」
半眼で周辺の地形図を眺めると、がしがしと頭をかく。
「まぁ、準備はしとくか。・・・おい、ベティ」
「は、はいっ」
調教士の席にいたベティは突然名指しされたことに驚き顔を上げた。
「とりあえずバトラーのセーフティ、解除しとけ」
「・・・わかりました」
フォルトゥーナにもともと備わっている武装は、指令系統がバルの中に見当たらず、「あるだろう」ということしかわかっていない。そのため、現在使用可能な武器はすべて軍が新たに備え付けたもののみで、制御はサブブレインのバトラーが行なう。誤射を防ぐため、通常はセーフティロックがかけられていた。
「あなたの力が借りられたらいいのに」
コンソールであわただしくバトラーにアクセスしながら、ベティは小さく呟いた。
『ワタシもお役に立ちたいのは山々なのですが・・・すみません』
答えるバルの声も小さい。
『なんか昔、外に敵がいたらどうしたらいいか、とか教えてもらったような気もするんですけれど・・・なにしろ昔のことで記憶があやふやで・・・』
「あなたには船を襲う敵と戦う力があるということ？」
『ええと、戦えると言われたかどうかは・・・そうなんだったかな？ う〜ん、ごめんなさい、ちょっと思い出せないです〜』
うんうんとうなるバルに、ベティは小さく首を振って、バトラーとの対話に集中した。
レインとチサトの見つけた光点は次第に大きくなり、やがてそれは６隻の宇宙船の姿になった。速度を重視した鋭いフォルムの船が４隻と、重量感のある大型艦が２隻。軌道上の部隊からの通報を受けた基地の管制塔は、現れた船影が海賊であることを確認した。
『襲撃です、総員ただちに持ち場へ急行してください』
基地全体にアナウンスが流れると、お祭り気分は一転して実戦の張り詰めた空気に切り替わった。混乱なく散っていく人の波に、レインは基地の錬度の高さを感じた。すでに迎撃に出ている機体もある。編隊を組んで飛ぶバトルウイングは、重力の底である惑星上にあっては理想的ともいえる動きを見せていた。
やや遅れて、基地へと繰り出していた調査隊の隊員たちの端末に、フォルトゥーナから通信が入る。帰投命令かと思いきや、「状況に応じ、個人の判断で行動せよ」という軍隊にあるまじき指令だった。
「あのへっぽこ隊長が・・・！」
レインは端末を見て毒づいた。
「放任主義にも程がある」
だが抗議したところで、手取り足取り指示を出さなきゃ何も出来ないようなヤツには用がない、と悪びれもせずに言うのだろう。
レースを終えて着陸していたチサトも、同じ指令を受けて考え込んでいた。
「個人の判断、ね・・・」
参加したのはスピードレースとはいえ、弾薬は積んである。燃料補給さえ済めばこのまま出撃することも出来るのだが。
「さて、どうしたものか」
海賊船は、目視できる近さへと迫っていた。
機体のペイントを始めようとしていたニージャは、エイドリアンの放送を聞いて手を止めた。
「悩ましいタイミングですねぇ」
いまから塗装を始めたら、出撃できるようになるまで一日かかってしまう。だが、海賊の攻撃対象が基地であってこの船ではないのなら、強行してしまうのもありじゃないかと、心の中で囁く声がした。
「しかし、それで出撃命令が下ったときに動けないというのも、あまり美しくありませんし・・・」
プログラムのセットは完了し、後はスイッチを押すばかりとなっているコンソールを見下ろして、ニージャは腕組みをした。
「とりあえず、電飾でドレスアップが出来なかったのは結果オーライでしたかね」
イルミネーションをつけたまま実戦に出るのは、あまりいい作戦とは言いがたいだろう。とはいえ、変わりにせめてもと手配した機体のカラーリングを試さず終わるのも少しばかり口惜しい。
ニージャはコンソールの上で手をさまよわせた。
ブリッジへ向かうと言うケイオスと別れたマリーカは、ひとまず格納庫へと移動することにした。
「あ、リヒター准尉、どこへ行かれてたんです？ 放送聞いて慌てて来たらシャルロットが無いから、びっくりしちゃいましたよ」
格納庫へ戻ると、顔なじみの整備員が足もとへ駆け寄ってきた。
「ちょっと野暮用にな。他のパイロットは？」
「みなさん基地へお出かけ中です。准尉以外に残ってた人はいないみたいですね」
小柄な整備員は手馴れた様子で誘導すると、ハッチを開けたマリーカに言った。
「第二種ですからとりあえずは待機ですけど、武装選択はしといて下さいね」
「おう。・・・にしても、基地のある惑星上まで攻め込むなんて、ずいぶん強気な海賊だぜ」
ヘルメットを脱ぎ一息ついて、マリーカは感心したのかあきれたのか微妙な声音でひとりごちる。
「けっこうな人数で来たみたいですけどねー。なにか目的とか勝算とかがあったんでしょうか」
「目的か・・・」
ハンガーに納まった機体を固定してチェックを始めながらの整備員の言葉に、見つけたばかりのコールドスリープ装置のカプセルがマリーカの脳裏に浮かんだ。
「まさか、な」
六
警戒態勢はとったものの、海賊の攻撃は基地へと集中していた。そのため、不謹慎ではあるが、船内には強者ぞろいのガリアラス基地の隊員たちの活躍を特等席で眺めているような空気が漂っていた。
しかしその状況は、船の通信兵がレーダー探知に別の反応を捕らえたことによって一変した。
「本船上空に高速の飛行体反応をキャッチしました」
「質量は。戦艦か？」
「いえ・・・小型のものが複数です」
「大気圏への突入角度を間違えて爆散した破片とか・・・？」
哨戒部隊の追撃を受けながらであれば、ありないことではない。だが、なおも反応を解析していた通信兵は、不意に息をのみ、かすれた声で叫んだ。
「違います、これは・・・これは降下殻です！ その数７！」
バトルウイング、バトルアームといった小型の戦闘機を、惑星上に強制投下するための外装が降下殻と呼ばれている。一つの殻に３〜５機の戦闘機を格納し、大気圏を突破する。投下時に打ち出して加速させることで、通常の大気圏突入よりもはるかに早い降下スピードを得ることが出来るため、奇襲に用いられることが多い。
だが使い捨ての装備のため強度は低く、突入角度を少しでも間違えれば、大気圏で燃え尽きてしまう確率は高い。また投下後の進路修正が難しく、目標へ正しく降下できる腕を持つパイロットが少ないことから、軍ではほとんど使用されない装備でもあった。
レーダー内に表示されていた７つのマーカーが分裂し、軍の識別コードを発していない３２の不審な機体が現れる。進路は変わらず、フォルトゥーナへ向いたままだ。
「第一種戦闘配備！ 敵はこの船目指して突っ込んできてるぞ！」
エイドリアンが舌打ちをして、マイクを引っつかんで怒鳴った。
「迎撃態勢をとれ。人数少ないのをグチっても仕方ない、今ある手で何とかしろ！」
船内に、再び警報が鳴り響いた。ブリッジ内も慌しさを増す。
「バトラーをコンバットモードで再起動するのにどれだけかかる？」
「９０秒あればいけます」
副官の問いに、すでに再起動シークエンスへ入っていた電脳調律士がすかさず答える。
「遅い。６０秒で済ませろ。それから、砲台にまわす人員が足りない。自動迎撃システムを組めるか？」
「敵の機体データがあれば、すぐにでも」
目の色を変えてバトラーをせかしはじめた同僚に代わって答えたのはベティだった。バルの解析で使った戦術プログラムをベースにするべく、目の前のコンソールへと呼び出す。
そこへ通信兵が新たな報告を上げた。
「上空に新たな反応を確認。戦艦と思われます」
「あーもーめんどくせーな・・・」
さらに増えた敵にエイドリアンが顔をしかめる。
「データベース照合完了。敵機はアリオール型バトルウイング２３機、イグアール型バトルアーム４機、バガモール型バトルアーム５機。戦艦は該当データなし」
「高速戦闘機と機動重視の機甲に加えて、謎の戦艦。やっかいですね。どうしますか」
モニターに戦力分析図を展開しながらの副官の問いに、エイドリアンは不機嫌に答えた。
「とうするもこうするも、迎え撃つ以外にないだろーが」
「そうですよね・・・せめて戦艦のスペックがわかるといいんですが」
副官がため息をつくと、ケイオスがサブモニターに現れた。
「スペックはディリィフィ級の軽巡洋艦とほぼ同じ。ちなみにあれは海賊たちの旗艦で、タイラントって言うらしいよ」
「お前、どこでそんなこと調べてきたんだ」
「無線だと転送精度は落ちるけど、入り込めないわけじゃないんだよ？」
あきれたようなエイドリアンに、無邪気にみえる笑みを浮かべる。するとエイドリアンはふと真顔になった。
「なんかあったのか？」
「え・・・」
唐突な問いにモニターの画像が揺らいだ。
「べ、別に？ なにもないけど？」
「・・・そうか。ならいいさ。情報提供はありがたいが、無理すんじゃねーぞ」
そういってエイドリアンは修正された戦力分析図へと向き直った。ケイオスはしばらくモニターに映ったままその様子を眺めていたが、ふっと姿を消してネットワークの中へもぐった。
（情報どおりだな、あれがお宝船か）
データの海を泳いでいると、さっき海賊の船に潜り込んだときに聞いた言葉がよみがえる。
（この基地に停泊してるなんて、ガセかと思ったけど、ホントにいやがった）
（しかもまだ迎撃に出てこねーとこ見ると、兵隊どもは休暇で出払ってるってのもマジらしいな）
（あとはあのお宝を丸ごといただいてとんずらするだけだな）
聞こえてくる言葉に、まさか、という思いが浮かんだ。意識を研ぎ澄ますようにして会話に耳をそばだてる。
（しっかし、ワークスもこんなオイシイ情報を売るとはな）
（データ探らせてたけどラチあかねェから、船まるごと欲しくなったんだとよ）
（オレらが素直に渡すとでも思ってんのかねぇ）
（おうよ。これだけのお宝だ。欲しがるヤツはいくらでもいる。なにもバカ正直にワークスに渡してやる必要もねぇんだ、せいぜいふっかけてやるとしようぜ）
（ハハッ、そうだな！）
口々に言って笑う海賊たちに、ケイオスは意識が途切れるほどのショックを受けた。
ケイオスは開かずの扉を突破するために、ブレインの気をそらす囮の敵船を飛ばすようにワークスに頼んでいた。日時や場所を指定する都合上、ワークスにはフォルトゥーナの航行予定や停泊日を伝えてある。調査隊の活動も任務の一環として報告義務があるため、今回の休暇についても報告してあった。
その情報を、ワークスは売ったのだ。通過する基地の近くを根城にする海賊どもに。ケイオスもろとも。
ピッ
開かずの扉の奥にあったコールドスリープ装置。
その作動中のランプが付いた一つが、小さな音を立てた。
パネルに表示された脳波が、覚醒へと近づいていく。
ピピッ
赤いランプが青へと色を変えた。
(to be continued・・・)
次回ＧＰ Ｓ１ フォルトゥーナを守る
Ｓ２ 基地の防衛に参加
Ｓ３ コールドスリープ装置を調べる
Ｓ４ ○○（キャラ名）に関わる
◇アンケート◇
１．（ＰＣへ）誰か気になるＰＣはいますか？（興味、恋慕、敵愾心など）
２．（ＰＣへ）好きな言葉があれば教えて下さい。
◇マスターより◇
おまたせしました、星のとびら第３話をお届けします〜。
人類圏離脱を目前に、大きく物語が動きました。襲い来る海賊、謎の装置に眠る人物、と船の中も外も新たな展開が起きています。
はたしてフォルトゥーナはこの襲撃を退け、未知の宙域へと飛び立つことが出来るのでしょうか？ すべてはみなさんのアクション次第です。
船の状況を簡単に。
停泊しているのは屋外です。整備補修のために、ワイヤーで固定されて周囲に足場が組んでありますので、浮上したり向きを変えたりは出来ません。・・・むりむり引きちぎることは不可能ではないですが(^^;
船の武装に関しては、かなりいろいろあると思ってもらって構いません。が、基本的に人が照準を合わせてナンボなものなので、過度な期待は禁物かと。
今回のアンケートの一問目はＰＣ間の関係をピックアップ。誰にどんな感情を抱いているか書いて下さいね。特に一人には限りません。全員に対して書いてもらってもかまいませんよ〜。というか、たくさんあると嬉しいです☆
二問目は、座右の銘でも言われて嬉しい言葉でもＯＫです。ポリシーとかもいいですね。ちなみにエイドリアンは「明日でもいいことは今日やらない」(笑)。
次回は、今回の終わりから直結で続きます。つまり、開始時には戦闘真っ只中になるわけです。ＧＰでＳ３・Ｓ４を選ぶ方は注意して下さいね。
第４回アクション〆切は ７／２（日） です。
それでは、また第４話でお目にかかりましょう！
あかね 拝
◆◇ＮＰＣ一覧(５０音順)◇◆ 名前／性別／年齢／所属／職業
○エイドリアン・クレメンツ／男／３６／連邦宇宙軍／調査隊隊長兼船長
○バアルジェナム／？／？／？／発掘船〈フォルトゥーナ〉ブレイン
◇◆参加者一覧(５０音順)◆◇ 名前／性別／年齢／所属／職業
○ケイオス・キル・フェイト／男／１６／非登録市民／アンダーシーカー
○センリ・チサト／男／２８／連邦宇宙軍／バトルウイングパイロット
○ニージャ・ドラクロア／男／３８／連邦宇宙軍／バトルウイングパイロット
○ベティ・シェフィールド／女／２５／連邦宇宙軍／電脳調律士
○マリーカ・フォン・リヒター／女／１９／連邦宇宙軍／機甲兵
○レイン・カスール／男／２１／連邦宇宙軍／バトルウイングパイロット
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